「あかいし文庫」開設式&交流懇談会を盛大に開催

2019.6.20

 

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生きる 暮らしを守る 人間らしく生きる

「あかいし文庫」開設式&交流懇談会を盛大に開催

 

二〇一九年五月二五日(土)、宮崎県中小企業家同友会(以下、宮崎同友会)の事務局内に、会員で手分けして作り上げた「あかいし文庫」が開設した。これに伴い、開設式及び交流懇親会が開催され、赤石義博氏の御令室をはじめ県外各地から8名、宮崎同友会の会員45名が参加した。

 

「あかいし文庫」とは、中小企業家同友会の全国協議会(以下、中同協)の会長をはじめ、相談役や顧問を務めてきた赤石義博氏が亡くなった後、同氏のご自宅を訪ねた宮崎同友会のメンバーが、書斎の天井近くまで埋め尽くされた書棚いっぱいの書籍に圧倒され、御令室のご厚意もあり、そのほとんどを譲り受け、宮崎同友会の事務局の一角に作り上げたものである。開設にあたっては「あかいし文庫」プロジェクトチームが結成され、宮崎同友会会員のボランティアの輪が広がり、目録づくり、書棚づくり、分類整理まで全て宮崎同友会会員の手によって行われた。

 

書籍は一四〇〇冊におよび、 書籍は「あかいし文庫『友の会』」に入会することにより、借り出しすることができる。県外の利用者にも対応できるよう、宅配便の借り出しも受け付ける。

 

 

赤石義博氏とは

 

 一九三三年北海道で生まれ、北海道大学文学部哲学科を卒業。一九五九年、東亜通信工業(株)に入社し、一九七八年に代表取締役社長に就任。この間、同社を電磁鉄芯業界におけるナンバー1企業に育てる。一九九二年同社社長を退任。一九九四年(株)森山塗工グループ会長就任。二〇〇八年同グループ会長を退任後、あかいし脳神経外科クリニック会長に就任。二〇一六年三月十日、柏市の名戸ヶ谷病院に逝去。享年83歳。

 

 一九六二年に日本中小企業家同友会(現東京中小企業家同友会)に入会。一九八五年から11年間にわたって中小企業家同友会全国協議会幹事長を務める。一九九八年から11年間同会長、二〇〇七年より同相談役幹事を、二〇一四年より同顧問を務める。まさに同友会の歴史と共に歩み、事例報告や基調講演は千回を超える。

 

 著書に『変革の時代と人間尊重の経営 「二十一世紀型企業」その理念と展望』(共著 鉱脈社 一九九四年)、『人間尊重の経営/中小企業が切りひらく健全な市民社会への展望』(鉱脈社 一九九八年)、『「非情理の効率」を上回る「情理の効率」を』(鉱脈社 一九九九年)、『経営理念/人と大地が輝く世紀に』(鉱脈社 二〇〇一年)、『人間力経営/社長と幹部の共育ち実践編』(鉱脈社 二〇〇四年)、『幸せの見える社会づくり「地域力経営」を深め「中小企業憲章」制定へ』(鉱脈社 二〇〇七年)、『私と「自主・民主・連帯」』上・下巻(中小企業家同友会全国協議会 二〇〇九年)等がある。

 

 

赤石氏と宮崎同友会

 

一九九一年一月に有志が集まって動き出した宮崎同友会創立への胎動は、四月の準備会の設立、翌月からの定例会開催で加速。中同協の国吉昌晴事務局長(当時)の支援もあり、一九九二年二月二二日の創立時には123名の会員で発足した。創立総会記念講演は「人が育つ企業づくり」と題して当時中同協幹事長の赤石氏にお話しいただき、期待と不安が交錯する宮崎同友会の方向性を指し示した。以来、支部設立総会、役員研修会、経営フォーラム、経営指針をつくる会等々、宮崎で何度も講演、講義をしていただき、二〇一四年のひむか支部設立総会記念講演での来宮が最後となった。

著書のほとんどは宮崎同友会の会員でもある鉱脈社から発行されており、その多くは宮崎で構想が育まれ、時には執筆の場となったらしい。このことは、宮崎同友会の根底に同友会理念が脈々と受け継がれ、宮崎同友会の未来を展望する「Vision 30th」の発刊(二〇一八年)に至ったことへの重要な要素となっており、「あかいし文庫」が宮崎の地に開設することは、まさに必然だったと言っても過言ではない。

 

※本紙は原則として筆者の見解であるが、一部の情報や文章を過去に公開された文書より参照、引用している(参照した書類:同友みやざき No.313・2016年4月21日 赤石義博 追悼特集/「あかいし文庫」開設式&交流懇談会のしおり等)。

 

 

 

「あかいし文庫」開設式

 

宮崎同友会の事務局内(二階会議室の一角)に開設した「あかいし文庫」を見学した後、一階ネットワークセンターにて開設式を開催した。いつもは飾り気のない会議室の会場だが、赤石氏のご自宅の庭、書斎、顔写真等を印刷したタペストリーが設置され、会員が切ってきた竹や鉢植えの花が飾られており、手作り感はあるものの式典らしい装いになっていた。

 

御令室である赤石育子氏にスピーチを求めると、まずは「あかいし文庫」の仕上がりについて感想を述べられ、暗くて狭い書斎の書棚に押し込まれていた本たちが、明るくて広々とした書棚に並べられ、まるで居場所を見つけたように喜んでるようだと語られた。また、入院中の赤石氏から「下から何段目の左から何冊目の何という本を持ってきてくれ」等のように何度も頼まれることがあったが、自宅に戻って書棚を探すと、言われたとおりの場所に指定された本がいつも本当にあるという生前のエピソードが紹介され、心から本を愛し、亡くなる直前まで学び続けることをやめなかった赤石氏の姿勢や人柄を感じさせた。

 

 

 

「あかいし文庫」開設記念

パネルディスカッション&交流懇親の集い

 

開設式が終わると、会場を宮崎観光ホテルのディアマン・ルージュに移し、「生きる・暮らしを守る・人間らしく生きる」と題してパネルディスカッションとグループ討論が行われた。パネリストは、岩手同友会相談役の村松幸雄氏(信幸プロテック株式会社 取締役会長)、静岡同友会相談役兼中同協幹事の杉村征郎氏(杉村精工株式会社 会長)、愛知同友会会長兼中同協副会長の加藤明彦氏(エイベックス株式会社 代表取締役会長)、福岡同友会相談役理事兼中同協副会長の中村高明氏(株式会社 紀之国屋 会長)という豪華な顔ぶれが登壇した。コーディネーターは中同協顧問の国吉昌晴氏が務めた。二時間弱の時間だったが、皆が赤石氏との思い出が多く、一つひとつのテーマに思い入れが深いため、度々コーディネーターに話を止められる場面が見られる程だった。

 

 

 

 

労使見解と人間尊重経営、中小企業憲章と地域力経営、「自主・民主・連帯」の精神等をテーマに、それぞれが赤石氏との思い出やエピソード、そこから得られた学びや教訓を熱く語った。特に印象に残ったのは、同友会での学びを地域づくり、社会づくりへの「運動」へと繋げ、人生を捧げて取り組んできたことであり、それを様々な例えで語り伝えていることだ。その一つ、話の中では「魚の鱗(ウロコ)論」と名付けられて紹介されたが、国民や地域と共に歩む中小企業を増やし、日本に本当の民主主義を根付かせ、幸せの見える社会づくりをしていくために、「魚の鱗のように同友会理念で世の中を埋め尽くす」と赤石氏は常々語っていたらしい。

 

もう一つは「赤ハゲ論」と呼ばれていたが、大企業の海外シフトが進み、日本列島の至る所に空洞化現象が起きていることを、山の木々が伐採され赤土が見えている禿山に例え、同友会運動はこの赤ハゲ部分に一本ずつ木を植えていくことだと表現した。山の赤ハゲを放っておけば、植生が破壊され荒れ果ててしまうが、それは地域社会においても同じこと。赤ハゲ部分に木を植え、その木は大地に根を張り、葉を広げ、花を咲かせて実をつけていく。この地道な作業をしない限り、山が再び緑に覆われることはない。仕事と雇用を増やし、安定した暮らしを守ることは中小企業に課せられた大事業であり、社会的、歴史的使命である。まさに同友会運動は禿山に一本ずつ木を植え、育てていく「緑化事業」である。筆者の解釈を文章にしているため、赤石氏やパネリストが伝えたかったことと完全に一致しているかどうかは分からないが、非常に腑に落ちた話だった。

 

そして、「赤石氏は経営者でありがなら、哲学者でもある」という発言には、同氏の著書を読んだことがある人なら誰しも納得しただろう。実際、「あかいし文庫」の書籍目録の分類を見ると、霊長類、人類、文明、哲学、思想、科学… 等から始まり、経営や経済に留まらず、知の探求は底知れない。名言を残して歴史に名を刻む人の多くが企業家であるように、もしかしたら、経営者は哲学者であるべきなのかもしれない。

 

 

 

あらゆる角度から同友会の歴史と理念を語ったパネリストの話を聞いた後、参加者全員でグループ討論を行った。ある人は、「赤石さんが何度も宮崎に来て教えてくれたおかげで、宮崎同友会のレベルは(他県同友会に比べて)高い」と言った。確かに、宮崎同友会における運動の根幹には、赤石イズムが力強く流れている。二〇一八年に発表した「Vision 30th」も、その宮崎同友会だからこそ作り上げることができたと言えるだろう。しかし、レベル(?)が高いというのは大いに疑問であり、まだまだ自身の学びのための「活動」の域を出ていない人が大半を占めるのが現実だ。

 

またある人は、「私は赤石さんには会ったことはないが、宮崎には多くの赤石さんの分身がいる」と言った。宮崎に何度も足を運んでいただいたおかげで、何度も繰り返し話を聞いた宮崎同友会の会員も多い。「分身」は明らかに言い過ぎだが、赤石氏が伝えたかったことを理解するために学び続け、「語り部」となれる人がこれから増えていくことこそが、「活動から運動へ」と発展させていくためには不可欠である。

 

「赤石さんの書いた本は難しい」という声も上がった。確かに、同氏の著書は奥が深く、壮大で、ある部分ではとても崇高とさえ感じる。経営の道は果てしなく遠く険しいと感じて物怖じする人もいるかもしれない。しかし、だからこそ一歩目を踏み出すことが大切だ。そして同友会では、その難しい内容の解釈を巡って議論を交わしたり、互いの経営実践を点検し合える仲間がいる。

 

最後に、まとめとしてコーディネーターの国吉氏は「ことあるごとに赤石さんの著作を読み返し、赤石さんが紐解いた文献にも学びながら同友会運動の発展に力を尽していきましょう」と投げかけ、「中同協設立50周年、5万名会員達成をやりあげることが天上より見守る赤石さんの期待に応えることになるのではないでしょうか」と締めくくった。

 

現在、日本の中小企業や地域経済を取り巻く環境は、人類史にない程の激動の時代である。ますます不安定な世界情勢、急速なグローバル化やアジア諸国の台頭に見られるパワーバランスの変化、次々に起こる技術革新。何より深刻な人口減少、避けられない超高齢化社会、それに伴う縮小経済。中小企業経営者にとって危機的な状況であるともとれるが、同時に何が必要なのかが明確になってきた時代でもある。時代と向き合い、どんな未来を創っていくのか。赤石氏が伝えたかったことを折に触れ振り返り、「地域のインフラ」となるべく学び続けていかなければならない。

 

 

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文・構成・撮影:
竹原 英男
TNAソリューションデザイン株式会社 代表取締役
宮崎北支部・理事・増強本部長・組織強化連絡会議委員
産学官民連携部会MANGO会長(兼担当理事)
広報委員会担当理事・青年部設立準備会担当理事

 

 

本資料は同友会の会員がゲストや非会員を訪問したり、入会や例会参加をお誘いする際に活用していただくために試験的に増強本部が発行しています。PDFファイルをダウンロードできますので、印刷する等としてご活用ください。